たまりば

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人生とは質の問題であって量の問題ではないのだ、友よ。

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Posted by たまりば運営事務局 at

2011年11月06日

座右の銘 34座右


第34座右

士は己を知る者の為に死す

中国の故事


男子は、自分を認めてくれる者のためには、その意気に感じて命を捨てることだって厭いはしない、と言われている。

士とは侍の略でもある。

男子はと書いてあるが、現代では男子も女子も同じ土俵に立つものだと思っているので、あくまで表現と言うことか。
ワタクシめ的にも、男子と言うより「社会人」とか「一人前」と言ったほうがしっくりくるかな。

仕事に男も女も無いですよね。


己を知るものとはどういったことだろうか?


足りない脳みそで考えた。


・・・自分を認めてくれた人、と言うことだろうか。

認めるという事はそこに少なからず信頼関係が生まれていると捉えていい。
信頼関係があればたいていのことは乗り越えて行けるだろう。
侍が主君のために命を投げ出したのも、きっとお互いの信頼関係がしっかり取れていたからでしょう。


今の自分には足りないものだなあと感じる一言です。













  


  • Posted by メタルゴ at 01:59Comments(0)ことわざ

    2011年11月03日

    座右の銘 33座右

    第33座右


    「時」の歩みは三重である。
    未来はためらいつつ近づき、
    現在は矢のようにはやく飛び去り、
    過去は永久に静かに立っている。


    シラー


    なんだか最近は時の過ぎるのが早く感じるので、未来もすぐにやってきている気がしますけどね。
    現在は確かにあっという間に過ぎますね。
    そして過去は永久に静かに立っている。近づきもしないし、遠くに行ったりもしない。

    忘れてはいけない過去は勿論忘れられず、修正も改善もすることを許されない。
    それは、ただ静かに立ち続けている。
    それを感じると動かさなければいけないはずの足が動かない。
    まさしく大地に根をはったかのように、全く動かない。

    楽になりたいと思うときもある。
    自分ひとり楽になるのは許されない。

    と、勝手に思い込んでいるだけかも知れない。
    でも、それが礼儀なんではないかと思うのでそのまま過ごしている。

    馬鹿は損だなと思うこの頃です。









      


  • Posted by メタルゴ at 23:40Comments(0)ことわざ

    2011年11月02日

    座右の銘 32座右

    第32座右

    何をなすべきか、いかになすべきか、
    のみを考えていたら、何もしないうちに
    どれだけ多くの歳月がたってしまうことだろう。


    ゲーテ

    ちょっと何日かお休みしてしまいました。
    ま、たまには仕事関係が忙しい時もありますよね。


    それはともかく、人生突っ走ると思わぬところで躓いたりしますよね。
    そしてそんな経験が積もると、必要以上に考えすぎてしまうことも。

    判断が難しいですが、
    熟考も必要で、そしてそれ以上に行動が必要。
    かなと。

    どんなことも最後に行動に移すことで、
    やがて大きな実を結ぶことにつながるように思えます。
    失敗の積み重ねの上に成功があると。成功とは失敗の積み重ねだと。
    失敗することの怖さを克服することが、成功することへの近道なのかなぁ。なんて。


    それにしてもわたくしめは、とかく考えすぎて行動に移せないことが多いので、
    実行力がもっと欲しいと切に願うのであります。




    人生、痛い目を見ることもあるさ。
    色々経験して初めて一人前になってゆくんだろうな。

    男は何度か泣いて、初めて本当の男になるのさ。

    新しい仕事場で心機一転頑張って欲しいと思いますよ。












      


  • Posted by メタルゴ at 22:52Comments(0)ことわざ

    2011年10月30日

    座右の銘 31座右

    第31座右

    時は一切を征服する。我々は時に従わねばならぬ。

    ポープ


    イギリスの詩人、ポープの言葉。

    この不公平で不平等な世界の中でも、唯一平等な存在たりえる「時間」。

    この時間を有効に使っても、贅沢に使っても、無駄に使っても

    どんなときであろうと、時間は一定の速度で時を刻み続けます。

    全てのものは時間に支配されている。



    ・・・このブログが無駄な存在かどうかは、のちのち時間が教えてくれるでしょう。






    ジオングの足かな?






      


  • Posted by メタルゴ at 23:19Comments(0)ことわざ

    2011年10月30日

    座右の銘 30座右

    外伝を外せば、ちょうど30回目の座右の銘になりました。

    今回で約1ヶ月。ただ本の写しを書いているだけですが、
    読めば読むほど、「なるほど」と思ってしまう一言が多いことに驚かされます。
    そして相反するような言葉と言葉も、考えを巡らすうちに同じことのように思えてきたり。

    でもそれで良いような気もします。色々な人がいて、色々な人生がある。それを言葉に表すなら、色々な言葉になるのは当然かと。
    きっと真理は一つなんだろうけど、ようはその人が「満足できたか」ではないかと。
    悔いの残らない人生は難しいのだろうけど、目標としてはそこにどうにかして辿り着きたい。
    それを達成するのに大きな出費(対価を払う)があったとしても、きっとすべきなんだろうと思う。

    ではそろそろ始めます。第30座右め↓

    誕生とは死の始まりに他ならない
    エドワード・ヤング
    区切りの30回目と言うことで、ちょっとだけ考えさせられる一言にしてみました。


    「兄弟は他人の始まり」もなんとなく似ている気がする。

    「死ぬことを考えることは、生きることを考えることだ」とは、以前新聞の広告に載っていた新書の帯だったように記憶している。
    朝ごはんを食べながら、「確かにその通りだ」と感心したのを今でも覚えている。


    人間はいつか死ぬ。だから精一杯生きるんだ。

    確か、「ドラゴンクエスト ~ダイの大冒険~」でポップのお母さんが言っていたような気がしないでもない。うろ覚えですまん。

    ちなみにこのときのポップはその前後にアツい言葉を吐き続けます。



    人生は一度きり、覚めた感情でそつなく送るも良いけれど、エネルギーが続く限りは「アツく」過ごして生きたいものである。

    この世に生まれた瞬間に、いつかは死が訪れるのを覚悟するわけだから。

    だからせめて、生まれたときや結婚するときくらいはお祝いをしようよと、言うわけですな。  


  • Posted by メタルゴ at 01:24Comments(0)ことわざ

    2011年10月29日

    座右の銘 外伝1

    本日はいつもと変えてこんな話を。


    人の生くるはパンのみによるにあらず

    〈新約聖書「マタイによる福音書」いわゆる「マタイ伝」の第4章に出てくる言葉〉
     「約」とは、神が人間に対してなさる約束、契約のことである。マタイ伝第4章の冒頭の部分は次のように綴られている。
     さて、イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。そして、四十日四十夜、断食をし、そののち空腹になられた。すると試みる者がきて言った。「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい。」イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きているものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである。』と書いてある」。

    「書いてある」とは、イエスが読んだ聖書に書いてあるという意味だろう。「パン」とは主食、副食も含めた食事全般のことである。

     悪魔が石をパンに変えてみよと迫ったとき、イエスは、パンなぞ食べなくても、神様の言葉さえあれば立派に生きていけるのだ、と反発しています。このことから、「人間は食べ物ばかりで生きているのではない。精神的な支えがなければ、動物と少しもかわりがない」と言った場合に、この言葉が利用されている。
     とかく、食べるのに追われて生きるために食べるのか、食べるために生きているのか分からない人が少なくないのではあるまいか。一つの目的をもたなければ「いや、生きるために食べている」と主張しても、説得力はない。真剣に自分自身の仕事に取り組まず、遊び半分にやっている人も、また食べるためにだけ生きていると言われても仕方がない。



    キリスト教信者ではありませんが、この話は納得できるものがあります。

    ま、生きるためにでも食べるためにでも、自ら進んで行動を起こし、その結果を受け止めることが出来るなら食べるのが前に来てもいいのかなとか思っちゃったり。


    人はパンのみに生きるに非ず。

    その通りだ。  


  • Posted by メタルゴ at 00:02Comments(0)ことわざ

    2011年10月27日

    座右の銘 28、29座右

    昨夜は飲み会がありましてね、帰ってきたらすぐ寝ちゃいましたよ。

    なので今夜は2日分。


    では28座右。

    ひとは大きな目的をもってこそ ―おのずから― 大きくなる。

    シラー


    目的とは志(こころざし)だったり、意志だったり、もしくは心根と呼ばれるものだったり。

    偉大な人物が偉大たる理由は、肉体の強い弱いではなく「意志」の大小であり、それをやり遂げる精神力なんでしょう。



    明日早いし、次いくか。
    第29座右

    目的をとげるのに、長い忍耐をするよりも、めざましい努力をすることのほうが、まだ容易だ。

    ラ・ブリュイエール


    長い忍耐=受動的

    めざましい努力=能動的
    こんな感じか?



    ①好きな仕事 = 一所懸命働く。
    ②好きな仕事じゃない = それなりにしか働かない。もしくは働かない。

    ③働くことそのものが好き = どんな仕事でも一所懸命働く。
    ④働くことそのものが嫌い = どんな仕事でも適当にやる。もしくは働かない。


    ①と②が大半を占めるのでしょうか?
    そして④は働かざるもの食うべからず。
    とは言えない時代か。

    ③が個人的にカッコイイと思う。
    何をするかより、何をしたかの方が重要ってことか。













      


  • Posted by メタルゴ at 23:25Comments(0)ことわざ

    2011年10月26日

    座右の銘 27座右

    第27座右

    生活の目的は自己完成にあり、そして不死の霊の完成は人生の唯一の目的である。

    トルストイ


    日々研鑽と言うことですかね。

    できれば、
    他人の望む自分ではなく、
    自分の望む自分になりたい。

    他人の望む自分も悪いわけではないが、根底には自分の望む自分があるべき。


    親父の望む自分にならなくちゃとかは、10/23の仮面ライダーフォーゼみたいですな。
    何だか大文字(アメフト部のキャプテン)が可哀想でありました。









      


  • Posted by メタルゴ at 07:22Comments(0)ことわざ

    2011年10月24日

    座右の銘 26座右

    第26座右

    志を立つることは大にして高くすべし。
    小にしてひくければ、小成に安んじて成就しがたし。
    天下第一等の人とならんと平生志すべし。


    貝原益軒


    達成する喜びを感じるために、低い目標を目指す。
    ではなく、ちょっと無理だろうと言うような目標を持ち日々努力することが、時間を無駄にしないことにつながると思う。

    そして、その中でも自分なりに「制約」を決めて行動する。
    正しいと思えることの中から選んだ道を進み、その結果を受け止める。

    小説「ウィザードリィ③ “ダイヤモンドの騎士”」に出てくるヘイストスという寡黙な男が言った言葉で似た言葉があります。

    自分にできることを一所懸命やって出た結果が運命


    問題は胸を張ってそう言えるかというところですね。

    松下幸之助さんも言ってます。

    「他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。」


    道に迷ったときは尊敬する人や、指針となる人を思えばいい。
    あの人ならこういう時どうするか?とか。

    オススメは昭和ライダー達、っていうより仮面ライダーSpiritsのことかも。
    名言が多いしな、あれは。




      


  • Posted by メタルゴ at 23:59Comments(0)ことわざ

    2011年10月23日

    座右の銘 25座右

    話せば長いことながら、色々あって連続更新になります。


    人間はこの世で何の目標もなく、無為に日を送っているのではありません。もし自分の仕事によって、まわりの全てがよりよくなるならば、人間にとってこれ以上の成功はありません。ですから、幸福と言うものは、ひとりきりではけっして味わないものです。

    アルブーゾフ



    人は一人では生きていけないとかなんとか。


    でもついつい独りになってしまうんですよ、ついついと。

     


    わかりますなぁ、この気持ち。



      


  • Posted by メタルゴ at 23:56Comments(0)ことわざ

    2011年10月23日

    座右の銘 24座右

    第24座右


    目的は必ずしも達成するために立てられるものではなく、照準点の役目をするために立てられるものである。


    ジューベル



    この人は結果が全てではなく、そこに至るまでの経過(プロセス)が大切なんだと言ってるように思えます。
    もちろん達成するに越したことはないが、どんな手を使ってでも達成するのと、卑怯なことはせずに達成できなかったのではその後の身の振り方が大いに変わってくる。

    にもかくにも結果が全て。勝てばいいんだ、死んだら負けだ。
    とは言いませんが、結果至上主義こそが現代の現代たる所以ですからね。


    あくまで照準点である。目標と理想をごっちゃにするとあまり健康的でない毎日を送るようになりますね。

    それでも低い目標を立てて低い目標の達成を喜ぶことには、どうしても首を縦に振れないなぁ。



    目標設定は難しいね。



      


  • Posted by メタルゴ at 23:02Comments(0)ことわざ

    2011年10月22日

    座右の銘 22座右、23座右

    昨日は帰りが遅かったので更新できずでした。


    22座右目↓

    自分のめざすところをはっきり自覚し、たゆまぬ前進をするもの。自分の目的に対する手段を知ってそれを利用することを知っている人間は尊敬に値する。
    その目的が大きいとか、小さいとか、賞賛に値するとか非難に値するとかいうようなことは後になって批判されるようなことだ。
    元来不幸とか不遇とかいっているものの大部分は、その原因をただすと、人間がいかに怠け者で、自分の目的を的確に知ろうとせず、たとえそれを知っても、それに向かってまじめに突進しようという努力の足りないところにある。人間にとってもっとも尊ぶべきことは、はっきり自覚した目的を持つことと決断、さらに実行である。


    ゲーテ

    ゲーテは凄いね。



    23座右目↓

    人生の目的は行為にして思想にあらず。
    カーライル


    100の理想(計画)より、10の実行。

    口では何とでも言える。大事なのは自分の設定したゴールに向けて、どれだけ努力したか。


    人生はベルトコンベアーです。
    男塾で言えば男爵ディーノが預かっていた鎮守直廊第3の間か。

    虎丸もあと少しで丸焦げ串刺しになるところでした。

    黙っていても時間が過ぎると言うことは、まさしくベルトコンベアー。


    立ち止っている暇なんかないね。







      


  • Posted by メタルゴ at 00:05Comments(0)ことわざ

    2011年10月20日

    座右の銘 21座右

    今回で21回目を迎えた座右の銘シリーズです。

    21と言う数字ですが、行動するということにおいてこの数字は
    人間にとって「習慣化」をもたらす回数であると言われております。

    21日=3週間
    人は何かを継続したとき、21日間でその行動を脳にインプットするわけです。
    もしかしたら脳ではなく、体や無意識下の行動そのものかも知れません。

    そんな「行動」についての名言を本日はご紹介します。

    行動はいつも幸せをもたらすものではないが、行動なくして幸せはない。

    ディズレーリ

    そうなんです。全てのものごとはシンプルであり、シンプルであるがゆえに奥深いのです。

    「幸せは歩いてこない、だから歩いてゆくんだよ」っていう歌が昔ありました。
    私もギリギリかぶっているぐらいの時代なので、誰が歌っていたかは忘れましたけど。
    コレも多分言いたいことは似てるのではないでしょうか。

    漫画の「はじめの一歩」でも鴨川会長が誰かに言った言葉にも似たのがあります。
    「努力したものが必ず報われるとは限らん。だが報われるものは皆すべからく努力しておる。」

    たしかこんな感じ。

    行動の結果として幸せに「なる場合がある」。
    幸せが先ではなく、行動の結果として幸せに辿り着くことがあるということ。
    100%じゃないんです。だから価値がある。

    幸せになりたいから行動するでもいいでしょう。分からないまでも、とりあえず行動することで幸せに近づくこともあるかも知れません。

    今いる場所から「動く」ことで何かが一緒に「動き」出します。

    正直言って動いても幸せになれないことが多いです。後悔することが多いです。
    それでも「動いた上での後悔」と「動かなかった上での後悔」を比べるなら、「動いた結果」の後悔の方がすんなり受け入れられると感じるのは、私だけでしょうか?
    幸せな結果でなかったとき、それはそれで貴重な「経験をした」ことになります。

    失敗から学ぶことは誰でも出来、成功からも学べる人は一流。
    しかし最も大切なのは失敗のたびに起き上がり、成功するまで継続することである。

    ちなみに最も難しいのは、分かっていても始められないという「行動する」ということ。
    まさしく「はじめの一歩」を踏み出すことが最も難しいことなのだと思います。



    ・・・はじめの一歩を踏み出すことを、「勇気」と呼ぶのかも知れません。




      


  • Posted by メタルゴ at 00:37Comments(0)ことわざ

    2011年10月18日

    座右の銘 20座右

    一区切りついたの、20座右。

    本日ご紹介の言葉も、物事の本質的な一言です。
    ではどうぞ。↓

    何をなすべきかを知るだけでは足りない。
    ・・・・さらにそれを遂行する勇気をもたなければならない。


    ディミトロフ



    まずは知ること、思うこと。
    そして実際に行動すること。




    まじめなこと言ってるわりに、こないだamazonで買ったものがコレ。↓


    会社の会議で、まじめな顔してシステム手帳の代わりに出して使ったらどんな顔されるのか。
    思い切ってやってみたいが、大きな代償を払いそうではある。


    中も最高にかっこいい、シャアは裏切らないね。


      


  • Posted by メタルゴ at 23:22Comments(0)ことわざ

    2011年10月17日

    座右の銘 19座右

    第19座右め


    どんなときでも人間のなさねばならないことは
    「たとえ世界の終末が明日であっても、
    自分は今日リンゴの樹を植える」ことだ。


    ゲオルギー


    どうせ明日滅ぶのなら、今日は何もしないで暮らせばいい。

    気持ちは理解できるが、それをやっちゃあ人間が人間でなくなる。

    どんなときでも自分の理想に近づくような生活を送ることが大切なんだと言っているのだろうか。



    「明日滅ぶなら何をやってもいい」という考え方がすでに世紀末なのでしょう。

    自分に最期が来たときに、慌てたり騒いだりしないように
    日頃から後悔しない生き方をせねばと自問自答しとります。

    それでも人としての「感情」が抑えられなくなりそうなときがあります。

    今のところ抑えられているのは、今の職場環境が自分にとってプラスに働いているからでしょう。


    世界の終末が明日に迫っているなら、なおさら自分の身の回りはきれいにしたり
    いつもと変わりない毎日が送れるようにしないとですね。

    なんだかんだ
    文句言いながらも、感謝しとります。







      


  • Posted by メタルゴ at 23:07Comments(0)ことわざ

    2011年10月17日

    座右の銘 18座右

    今日はブログ書くまでの道草が多くて、遅くなってしまったので簡潔に。

    第18座右↓

    人生は短く、
    芸術は長く、
    機会は去りやすく、
    経験は疑わしく、
    判断はむずかしい。



    ヒポクラテス



    まさしくその通り。
    人生はあっという間。
    気づいたら友達の子供で成人になるやつとか出てきそうな、そんな年になってますがなにか?

    そして未だに嫁さんも貰えん。
    それしか食う方法を知らんわけでもあるまいに。

    まぁそれは良いのだが、
    機会は去りやすく、経験は疑わしい、ってあたりは非常に心に刺さりますね。
    自分の経験ほどあてにならないものは無いですね。
    だって判断基準が自分の経験だけなんだから。
    だから色々なことを情報として取り入れるのですね、人間は。


    それにしても判断は難しい。去年まで散々判断ミスを経験したんだから、そろそろ良い方に転がってくれないかなと思ってみるが、その判断をするのも勿論自分。

    あぁ朝になれば、また判断づくしの一日が始まるのか。

    もっと正確な判断力がほしいなぁ・・・・。

      


  • Posted by メタルゴ at 00:10Comments(0)ことわざ

    2011年10月16日

    座右の銘 17座右

    いつの間にやら、17座右め。
    人生はまさしく光陰矢のごとし。

    シャレではじめたブログもいつの間にやら何年にも渡って続いております。
    根本は王様の耳はロバの耳的な、いわゆる独り言ですが。
    始まりはヘヴィメタルでした。脱線しながらもたまにメタルに戻っていたのに、あるときはガンダムのみで1年を通しました。ブログタイトル無視でした。

    それはさておき、ワタクシめの生活はどうも周囲の人に偏見を持たれているようです。
    まぁ別に気にもしませんが、本を読めとか新聞を読めとか偉い人の話を聞けとか色々言ってくる人が皆さんの周りにもいることでしょう。もちろんそういった人の言うことを根本から否定もしないし、そういう考えもありますねという気持ちは、ワタクシめにもございます。

    も一つ言わせていただけるなら、ほっといてくれないかと。
    こういっちゃ何ですが、本も読むし新聞も読むしニュースも観ています。(カンブリア宮殿とかガイアの夜明けは観ろと言われると観たくなくなり、何も言われないとチャンネルを回す気がしますがこれはへそ曲がりなだけか?)
    ちなみにどんなに嫌いな人間に言われたことでも、それが正しいのだろうなと思えばムスっとしながらも改善しているつもりなのですがねぇ・・・。
    物事の捉え方は多面的であるべきだと思うのですが、周りもそして自分自身も多面的に捕らえようとしても、実は自分の考え方や自分でこうあるべきだと思っていることを人に強制しているだけのような気がしてなりません。自分を押し付けるかぁ、ちょっと反省。

    人生。いや、生き方ってもっと簡単なものではないか。
    誰もが自分の好きに生きる。もっとも正しいであろう生き方。しかしこれは、人間を「生物」として捉えた場合に限る気がします。
    人間的に人生を生きるなら、多少の拘束や不自由はあって然るべきなのでは。自分なりにそれを定義すると、「人に迷惑をかけない」
    とりあえずこれが出来ていれば問題ないのでは。
    人に迷惑をかけないということを実践するには、他人にも気を使うって事ですしね。その辺のことを念頭に置いたら目に付いたのがこの二つの名言。

    生きることが人生最大の目的

    グリルパルツァー

    人生ってなんだ?「生きることだ」
    こんな感じでしょうか?
    死んだらそこで終わりだし、それから先は人生ではない。これは確かにそう。全ての終わりは全ての始まりでしかないけど、一つの物語としては区切りになるかと。
    終わりに到達するために今を生きている。難しいけど生きてる理由なんてまだまだ自分ごときには分かりかねます。今は現時点でそうなんだろうと思うことをしているだけ。

    そして、こんな言葉がなければネジを巻きすぎる病と言われてお仕舞いだったのにねぇ。本を紹介した人まことに残念。↓

    生涯の幸福な時は、全体的に見て仕事をしている時である。・・・・最期の息をひきとるまで能動的であることは現在の生活の意義であり、解決である。学者にとっても僧職にあるものにとっても、----------- かくあることこそわれわれの運命なのである。

    ヒルティ

    生き物にとっての仕事とは、生きんがために喰う事
    では人間にとって仕事とは?

    とりあえず遊ぶことではない気がする。
    やることない日にぼうっとしている時がネジを緩めているときなのだろうか?
    自分の好きなことなら、生産的でもなく建設的でもない事をしたほうが良いのか。

    一番やりたくない時間の過ごし方は、ただ無駄に時を消費するときだと思うのだが・・。



      


  • Posted by メタルゴ at 00:45Comments(0)ことわざ

    2011年10月14日

    座右の銘 16座右

    明日は雨っぽいですね。

    おそらく自分は雨に愛されているようで、休みの日は雨になることが多い気がします。
    まぁ、だから休みを取らないわけではないのですが。

    なので、雨はあまり好きじゃなくて、太陽が燦々と照っていたりするだけで嬉しくなるのです。
    なので夏は大好きですね。もう本格的に秋だけど。秋は夏の終わりを実感させるので苦手です。

    夏カムバーック!


    そんな感じで、過ぎ行く季節にさえ後悔に近いものを感じてしまうメタルゴでありますが、今日も座右の銘と題した独り言の世界を始めようと思います。



    第16座右↓

    人生何事かなせば必ず悔恨(かいこん)はつきまとう。
    そうかといって何事もなさざればこれまた悔恨となる。


    亀井勝一郎


    なせばと書いてありますが、「未完成」「未到達」「未達成」もそれぞれの「ゴール、完成系」であります。「未完成」は「未完成」と言う名のゴールなのです。多分そうなのです。だから、「なにごとか」成せば(為せば)後悔もするし、こうすればよかったなどと言う愚痴も出るのです。
    人間に「欲」がある限りそれは無くならないのではないでしょうか?

    ・・・、
    何かをしても後悔、何もしなくても後悔。
    フルスイングで三振と、見逃し三振みたいなもんですか? 

    違いますかそうですか。

    失敗と後悔は違いますからね。確かに「失敗する=後悔」みたいなところあるけど、個人的には「自分自身をぶつけた結果」と「自分自身を確認(認識)するのが嫌だった」結果なのかなと。

    前者になるには「プラス思考」「今までの裏付け」のどちらかが必要であり、裏づけがない行動をとっていた場合は必然的に後者に回されるのかと。

    常に「これで駄目ならしょうがない」、と言うところまで自分を追い詰めることが出来るような行動を取りたいと思いますが、非常に難しいですね人生は。



    人生どころか仕事やプライベートですら、悔恨のない一日を送ること叶わぬ日々です。


    でも今日はちょっとスッキリして帰宅できたので、元気に明日へつなげる事が出来そうです。

    さて早く寝るか。


















      


  • Posted by メタルゴ at 23:29Comments(0)ことわざ

    2011年10月14日

    座右の銘 15座右

    久しぶりに残業しました。
    早く寝なきゃ・・。

    では、第15座右↓

    自ら正しいと信じる者は
    王の万軍よりも強く、自ら正しさを疑うものは
    いささかの力も有せず


    カーライル



    毎日不徳の連続ではいざと言うとき力が出ないと思うので、人として曲がったことをしていないか。
    自分の心に負目(おいめ)を抱えていないか、感じていないか。

    いざと言うとき、その差がクッキリと現れるでしょう。


    ワタクシめのように才能が無い人間は努力して差を埋めていかねばなりません。
    そして努力した時間や濃度によって「思い込み」が変わってきます。


    やるだけのことをやった後は、不思議と何もかも受け入れられる気がします。

    自分が正しいと思ったことを、引け目を感じることなく行うことが出来る。

    そんな人間になれたらどんなに幸せか。


    たどり着けずとも進まねばなるまい。

      


  • Posted by メタルゴ at 01:51Comments(0)ことわざ

    2011年10月12日

    座右の銘 14座右

    う~む、ハードディスクへのアクセスがハンパないな。
    CPU使用率もえらい数字になるときがある。
    セキュリティソフトがノートンだからかな?
    ふ~、それにしても遅い。
    PCの性能に問題がある気もするが、古いPCでもサクサク動くような状態にならんかな~と思ってみたり。あながちセキュリティソフトだけの問題ではない気もするので、やっぱPC変えないと駄目かな。


    何だかタイトルと違うことかいてたら少しばかり安定してきたので、ちゃちゃっとやりますか。


    本日の座右の銘はコチラ↓

    この地上ではなすべき事が実に多い、急げ


    ベートーヴェン


    短い言葉ですが、思わずウンウンと頷いてしまう。

    少年のころは早く大人になりたいと思い。そして実に時間の流れるのが遅く感じたりしました。
    (もちろん早く感じるときもありましたが)

    そして年を重ねた今は、なんと時間の過ぎるのが早いことよ。
    毎日、毎日やりたいことの半分も出来ていない。
    (これは自分の能力にも問題がありますが・・。)

    ・・・そうか、出来ないことのほうが多いのが人生である。
    だから時間を惜しみ、1分1秒を大切に毎日を送りなさいと言っているのかも。

    正しかろうと正しくなかろうと、とにかく前に進むしかない。
    たどり着く先がどこであれ、たどり着いてから考えればいいことだ。

    道は最初からあるのではない。
    道なき道も、それもまた道の一つ。

    とにかく前へ。
    人間の眼が前を向いているのはそのためだ。





      


  • Posted by メタルゴ at 22:54Comments(0)ことわざ

    2011年10月11日

    座右の銘 12座右 13座右

    昨夜はお酒を呑んで帰ってきたら、なんだか眠くなっちゃいましてね。

    仕方ないので本日は連発しますよ。

    では12座右をどうぞ。


    平凡な人生こそ真の人生だ。
    実際、虚飾や特異から遠く離れたところのみ
    真実があるからだ。


    フェーデラー


    出来れば他人から「特異」に見えるくらいに
    平凡」を極めてみたいですね。
    天才とは「努力」を極めた人なんではないかと、最近思うのであります。


    そして、13座右はこれ↓

    はるかなる山々は近づきやすく、登りやすそうにみえる。
    高峰はさし招くが、近づくにつれて険しさが姿を現してくる。登れば登るほど旅は苦しさを加え、頂上は雲の彼方にかくれてしまう。でも、登山は骨を折るに値するものであり、独自の喜びや満足感を与える。恐らく人生に価値を与えるものは、その終局的な結果ではなくして、闘争の過程であろう。


    ネルー

    まさしく、まさしく。
    登山はやりませんが、なんとなく伝わります。
    満足感とは、苦しみの量に比例して大きくなると思います。
    ちょっと苦労しただけでは、ちょっとのご褒美で終わってしまいます。
    大きな仕事を成し遂げるには、大きな覚悟と犠牲が必要です。
    犠牲とは他人や家族などではありません。
    本人から同等の対価として請求されるものです。
    それは特定できない「対価」。

    時間かもしれないしそうではないかも知れません。
    分かっているのは本人にとって「大事なもの」であるという点。
    何も支払わず何も差し出さない者には、大事なものはやってきません。

    なぜなら人生における満足感とは「お金」ではなく、
    どのように「生きた」かという、過程なのですから。




      


  • Posted by メタルゴ at 23:12Comments(0)ことわざ

    2011年10月09日

    座右の銘 10座右、11座右

    昨日書いたはずなのに、確認・登録ボタン押さずに閉じちゃったみたいで
    更新されていませんでした・・・無念。


    なので、今回は2座右お送りいたします。

    10座右はコチラ↓

    人生は一冊の書物に似ている。
    馬鹿者たちはそれをペラペラめくってゆくが、賢い人間は念入りにそれを読む。
    なぜなら、彼はただ一度しかそれを読むことができないことを
    知っているから。


    ジャン・ポール


    一度しか読めない書物とは、これまた扱いに困るものですね。

    慎重に読むと多くのページを読破できそうにないし、
    ペラペラめっくていたら、大事なページを流してしまう事になるかもしれません。

    それでも後戻りできないならば、慎重に、念入りに読み進むべきなのでしょう。
    間違っても適当に飛ばし読みしたりするのは、もってのほかですね。

    それにしても、これは心に沁みる言葉です。
    昨年の自分の失敗はまさに、「覆水盆に返らず」でしたので、非常に分かります。嫌でも分かってしまいます。
    と、過去を悔やんでばかりでも仕方ないので、次の座右にいきます。


    11座右はこれ↓

    生は永久の闘いである。
    自然との闘い、社会との闘い、他の生との闘い、
    永久に解決のない闘いである。
    闘え! 闘いは生の花である。
    実りの多き生の花である。


    大杉 栄


    生きるということは、闘いであり戦いである。おそらく、そのゴールは死を持ってしか辿り着くこと叶わないのではないでしょうか。

    人間は(他の動物も)罪深い生物です。自分からは何一つ(二酸化炭素くらい)生産できないので、ほかの生物を取り込む(摂取、食べる)することで何とか生きていけます。

    社会もそう。忘れずにいたい事は、ついつい文句を言ってしまう今の社会(現代)も元をただせば、自分達が自分達の中で勝手に決めたことであり、自然の摂理はあまり関係していない。
    自分達で自分達が決めたルールに対して、あーでもないこーでもないと文句を言っては騒ぎを起こす。

    熊が出たから熊を殺しましたとか。
    確かにそこに住んでいる人にしたらただ事ではないですけど、熊にしてみても勝手に住むところを奪われた上に、目撃されたら即射殺とか、さすがに熊が不憫でなりません。

    ちょっと話が逸れた。

    世の中の起こりうることすべてを、「仕方がない」、だけで済ませてよいものか。
    仕方が無いで済ませては、立ち止まって今いる場所を躍起になって「確保」しているだけのような気がしてなりません。

    何度も言いますが、じゃあどうすりゃいいんだお前やってみろと言われても何も出来ません。
    しかし、「出来ないなら何も言うな」では社会(会社もな)なんぞはいつまでたっても良くなりません。

    出来る出来ないだけは、「結果」のみを追いかけている事になります。
    結果のみ評価するでは、新たにチャレンジをするような人間はほとんど出てきません。
    結果とは過程の延長にほかならず、どれだけその時間の「密度を上げる」ことが出来たかで決まると思うのです。

    密度を上げることは自分の限界への挑戦であり、闘いであるわけです。
    相手が自分なわけですから終わりなんてきませんよね。
    終わりが来るとすれば、自分が「もう終わり」とか「もう出来ない」と根をあげたときだろうか。

    先日、NHKで放送している松下幸之助と奥さんの話(全3話)の第2回目を観ていたら、奥さんのお父さん(津川雅彦?)が言っていたセリフに
    「人間の死に方は4つしかない。①病死 ②事故死 ③自殺 ④他殺 この4つだ。」

    自然との闘いは何だろう、社会との闘いは何だろう、他の生との闘いは?・・・。
    例えば老衰と言う死に方は、細かく調べれば「①病死」なんではないだろうか。全然詳しくないけど、老化が極まれば病気とかに対する抵抗力もなくなるだろうと思うのです。

    ②事故死は天災とか人災か。今の時期に口を開くのは宜しくないと思うのでこれ以上は慎みたい。

    ③自殺もあんまり話したくないが、これも社会他の生との闘いに疲れたり嫌気が差したりしてなるのではないだろうか。もちろんそんなに浅はかなものではないかも知れぬが。

    ④は正直どれに入るか決めかねる。しかし他殺は他の「人間」に命を奪われることだから、やはり「他の生」か。他の生といっても人間限定だが。


    しかし、「人間が人間らしく生きなかったというぐらい恥ずかしいことはない。」とは、何と的を得ている一言か。
    「恥」を知る事は「礼儀」を知るということであり、謙虚さを持たない人は礼儀を知ることは出来ないだろう。
    松下幸之助の奥様がしていたことは、工員を住み込みにして礼儀作法を教えることでした。礼を知る人は人に疎まれることも無く礼を尽くす限り人としてゴールにたどり着くことが出来ると思う。

    人生の闘いとは自分との戦いであり、他人は他人と認識した上で自分らしさを貫くことなのではないだろうか。自分との闘いなのだからゴールなんて無い。だから死ぬまで「闘う」わけだ、自分と。

    自分に甘くしてしまうときがあるとすれば、それは「礼儀」を欠いてしまったその時ではあるまいか。


    自分に厳しく、人には優しく。


    永遠の目標である。

























      


  • Posted by メタルゴ at 23:59Comments(0)ことわざ

    2011年10月07日

    座右の銘 9座右

    恒例になってきましたか?
    座右の銘のお時間です。

    本日ご紹介する言葉はこれ

    人生のほとんどすべての不幸は、
    自分に関することがらについて、
    あやまった考え方をするところから生じる。
    できごとを健全に判断することは、
    幸福への大きな第一歩である。


    愚からの第一歩は、まず自分自身を知るところから。

    自分には何が出来て、何が出来ないのか。
    何を持っていて、何を持っていないのか。
    知れば知るほど、何も出来ないし何も持ってない事が鮮明になるかもしれません。

    何でも出来ると思っていたが、実は何も出来なかったり。
    「否」と思っていたことも、実は「然り」だったりと
    人生は何がなんだか分かりません。


    ただし、今現実に起こっていることを認識できないようでは、その次のステップに進むことは出来ません。
    まずは起きている事を認識する。その次に自分なりの対処を決める。
    分からなければ人真似でもいいでしょう。

    とにかく、その場から前に進んでみましょう。
    くれぐれも、「後ろ」ではなく「前に」です。

    良馬は後ろの草を食わず、と言います。
    自分が歩き、踏み固めた草をわざわざ食べるのは良馬とは言えません。
    もちろん過去に習わない者も同じく賢いとは言えません。

    それでもやはり前に進むべきなのだとワタクシめは思います。

    人間の目が「前を向いている」のは、きっと常に前に向かって歩くよう進化してきた証だと思うから。

      


  • Posted by メタルゴ at 23:05Comments(0)ことわざ

    2011年10月06日

    座右の銘 8座右

    本日の座右はこれ↓

    わかるだろうか・・・・人生には解決なんてないのだ。
    ただ、進んでいくエネルギーがあるばかりだ。
    そういうエネルギーをつくりださねばならない。

    解決はその後で来る。


    サン・テグジュペリ


    アップルのスティーブ・ジョブズ氏が亡くなりました。

    色々な報道機関で報道されている多くの「言葉」は、さまざまな人に勇気や何がしかの感銘を与える言葉が多かったように思います。

    「文字」というか、人の発する「言葉」にはとても大きな力があるなと最近特に思います。


    自分らしさを大切にする。

    自分の感性を信じ、「こうありたい」という自己のイメージに向かって突き進む。唯一人生に必要なのは、その「エネルギー」のみだ。

    「愚かであれ」とは、日本人的に言い直すと「愚直」と言うことだろうか。

    愚かではないので少し違うが、「愚公山を移す」などは言葉のイメージとして「愚直」に近いか。

    愚かに真っ直ぐ。「愚かじゃまずいんじゃないか?」と言ったやつがおりましたが、正確(多分)には「愚かなくらい真っ直ぐ」って事なのではないかと思う。

    周りから見たら愚かに映るくらい何かに集中して取り組むということが、ジョブズ氏の言いたいことなのではないだろうか。その姿勢こそが、一日・一時間・一分・一秒を無駄にしないと言うことにつながるのではないだろうか。


    自分たちが思うほど人生と言う時間は長くない。
    どんなに凄い人でも、一日の数時間は「睡眠」によって奪われてしまうし、多くの人は自分のやりたいことではないことを労働に費やして日々を過ごす。

    ならばせめて、毎日少しの時間でも「自分らしく」過ごす時を持ちたいものだ。

    ワタクシめは幸いにも、意外と毎日が充実しております。

    周囲には「愚か」に映っているかも知れませんが。


      


  • Posted by メタルゴ at 23:11Comments(0)ことわざ

    2011年10月05日

    座右の銘 7座右

    久しぶりに雨が降りました。

    いつの間にやら気温が下がっていて、一気に秋らしくなりましたが
    皆さんは体調崩していないでしょうか?
    ちなみにワタクシめは崩しておりませぬ。
    どうでも良いですか、そうですか。

    では、泡盛も回ってきたので、
    本日の座右の銘いってみましょう。↓

    人生は石材なり。
    これに神の姿を彫刻するも悪魔の姿を彫刻するも、
    各人の自由なり。

    スペンサー

    人生を色々なたとえで教えてくれるものは多いですが
    まさしく、人生とはその人生を歩む人間が
    少しずつ、または一気に勢いよく、
    彫刻を彫るように創り上げる、芸術作品なのだと。

    ワタクシめは絵心も無ければ、いわゆる美術の感性に乏しい人間ですけれども
    本当に胸を打つ作品(絵でも彫刻や建造物、または自然そのもの)に出会えば
    心打たれることゼロではありませぬ。
    いや、普通に感動することもありますし。

    ちょっとそれますが、
    人間は誰しも心に鏡を持っていると思います。
    それは自分で見ることはできず、人の持っている鏡からの反射で
    しか見ることは叶わない。
    そのとき、自分の姿が悪魔に映っているのか、はたまた神や天使に写るのか。
    そして、それはその人生の作者には最も見えにくく
    しかし、周囲の人間(他の生物にも然り)には本当によく映る。

    自分には見えないからこそ、「こうなりたい」とか「こうしたい」とか
    色々試行錯誤したり、自分の行いを改善・修正したりするんではないでしょうか。
    そしてこの自分には良く見えないところが、作品を作る上で
    非常に良いのではないでしょうか。
    ゴールが分かれば、人間無駄に多くの努力をしないもの。

    しかし、人生を過ごす上で
    このやりすぎる事が意外と大事であります。
    予測できる馬鹿はただの馬鹿ですが、人の予測を超える「大馬鹿者」は
    ある時、「天才」と昇華する気がしてなりません。

    人生は一度きりで、自分の人生は常に自分でしか歩くことはできない。
    他人と同じような人生も素晴らしいですけど、
    他人には真似できない様な人生も憧れる。

    どちらに転んでも、これらとはぜんぜん違う人生になったとしても
    その瞬間瞬間に、自分が判断した結果を積み重ねるのが
    生きている、って事なんだろう。
      


  • Posted by メタルゴ at 23:56Comments(0)ことわざ

    2011年10月04日

    座右の銘 6座右

    久しぶりにテレビなんぞ観ておりました

    最近は物まね四天王(男塾では死天王
    とか出ないんですねぇ。(コロッケは出てた)
    そんで途中から(Gたけしから)観たんですけど、モノマネって昔から面白いですねぇ。
    (バラエティはあまり観ないのですが)
    個人的には、なだぎ武の「EXILEオーディションを受けに来た藤岡弘
    が最高でした。

    ま、それはそれとして今夜も座右の銘の時間がやってまいりましたので
    間違って見ちゃった人も、どうぞお付き合いくださいませ。


    それでは、本日の座右の銘をどうぞ


    馬で行くことも、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くこともできる。
    だが、最後の一歩は、自分ひとりで歩かねばならない。


    ヘッセ



    最後の一歩とは、やはり涅槃に旅立つことでしょうかね。

    英雄だろうと凡人だろうと、誰にも等しく訪れる「死」。
    人生は有限であり、終わりが訪れるからこそ人生は色鮮やかなんだと思う。
    色々な人と出会い、人生の時間をともにすることで「一人じゃない」と言うことを感じることができる。

    しかし悲しいかな、生まれるときでさえ一人ではない事もあるのに
    死ぬときは必ず一人(特殊な例外はありますが)です。


    だからこそ、一日一日を大切に生き
    できる限り後悔をしないようにしなくては
    と、年を重ねるほど考えさせられますね。




    最後に、
    ハイボールの宣伝の菅野美穂にときめくのはワタクシめだけでしょうか?




    古い話ですが、セガサターンのゲームにある「風のリグレット」は声だけは大好きでしたね
    ストーリーは陳腐でしたけど。  


  • Posted by メタルゴ at 23:53Comments(0)ことわざ

    2011年10月03日

    座右の銘 5座右

    本日の言葉はこれ

    人生は学校である。
    そこでは幸福より
    不幸のほうが良い教師である。

    フリーチェ


    非凡な人は幸福や成功からでも何かを得ることが出来るのでしょうが
    凡人は失敗や不幸など、厳しい経験からでなければ何かを得るのは
    難しいのかもしれません。



    ワタクシめなどは失敗や不幸からですら、何も得られない事多いですけどね。

    せめて悲しいことや悔しいことからぐらいは何かを得なければと、常々思います。
    (去年の失敗以上のことはもう起きないでしょうけど・・)

    何とか平凡にぶら下がってる様な人間が努力すらしなかったら
    何も残りませんからね。




    たぶん無いと思うけど、次は失敗しないようにしなければ。

      


  • Posted by メタルゴ at 23:13Comments(0)ことわざ

    2011年10月02日

    座右の銘 4座右

    座右の時間がやってまいりました


    本日紹介する座右はこちら


    寒さにふるえた者ほど太陽を暖かく感じる。
    人生の悩みをくぐった者ほど生命の尊さを知る。


    ホイットマン



    これは色々な場面で、なるほどと思う一言ではないでしょうか。

    夏は暑く、冬は寒いからこそ、春の暖かさや秋の涼しさをありがたく感じるのでしょう。



    これは人の躾にも当てはまりますね。

    褒めるときは褒めて、しかるときにしっかりしかる親が少なくなったなぁと

    仕事をしながら感じる最近。



    かくゆう自分は親にすらなってないですが・・。





      


  • Posted by メタルゴ at 23:46Comments(0)ことわざ

    2011年10月01日

    座右の銘 3座右

    人生において重大なのは生きることであって、

    生きた結果ではない


    ゲーテ



    どちらかというと現代社会は逆で、過程より結果を求められます。
    そしてそれは、現代では正解なのだろうと思います。

    誰しも幸せになりたい。
    だから、成功する「結果」を求めて人は努力するのでしょう。



    しかし、「成功する結果」に囚われ過ぎることは、

    その人が思う「成功の結果」からどんどん離れていくような気がしてなりません。



    マノウォーのジョーイ・ディマイオ閣下も言っておられる、このブログの説明文の一つ。

    人生とは質の問題であって、量の問題ではないのだ、友よ。

    この言葉の中にも、人生とはどう過ごして行けばいいのだろうかと言うことが
    盛り込まれているように思えてなりません。

    ただ長生きすればいい人生なのか?

    やりたいことをやるだけやって、でも人に迷惑をかけっぱなしで、一人だけスッキリさっさとくたばるのがいい人生なのか。

    実りある人生とは何か、真の満足とはどういうことを言うのか。


    それは年を取れば取るほど、容易ではないことが理解できるばかりです。













      


  • Posted by メタルゴ at 23:53Comments(0)ことわざ

    2011年10月01日

    座右の銘 2座右


    人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、
    急ぐべからず。
    不自由を常と思へば不足なく心に望みおこらば
    困窮したる時を思い出すべし。
    堪忍は無事長久の基。
    怒りは敵と思へ。
    勝つことばかりを知って負くることを知らざれば害その身に至る。
    おのれを責めて人を責むるな。
    及ばざるは過ぎたるより優れり。


    徳川家康


    これは知っている言葉でしたが、あらためて目にすると
    「う~ん、確かに」と納得できる文章ですね。

    私的なポイントとしては、
    「不自由を常と思へば不足なく、心に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。」
    のところでしょうか。

    その昔、仮面ライダーベルデはこんなことを言ってました・・・

    「人間はみんなライダーなんだよ!」

    人間誰しも「欲」というものに動かされて生きている気がします。
    ベルデの言った事は真実なのでしょう。
    しかし、家康公はその「欲」に任せるままになってはならないと言っている気がします。

    別の日にちゃんと書きますが、
    人間が人間として生きなかったというぐらい、恥ずかしいことはない。
    という言葉があります。


    人間が人間として~と言ってますが、これは「欲望に忠実」に生きろと言うことでしょうか?

    もしかしたらその通りだと思う人もいるかもしれません。でも、私は違うと思います。

    欲望の通り生きるのなら、人間でなくとも(動物に失礼かも知れませんが)良いのではないでしょうか?

    欲望を制御できるから、人間なんでは無いでしょうか?


    隣の芝生や、他人の持ち物を欲しがるのではなく

    自分が持っているもので人生を楽しむ、もしくは人生を歩んでいくことが一番大事なんだということを

    家康公は言いたかったのではないでしょうか。



    今、自分に出来ることを精一杯やる。

    人間出来ることしか出来ないし、持ってないものは持ってないのですから。









      


  • Posted by メタルゴ at 01:20Comments(0)ことわざ